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不適切保育と労務管理、法律に則った対応に関する検討

大変残念なことですが、私たちが保育の労務管理に携わらせていただく中で、
・保育者による子どもへの虐待
保育者による子どもへの“不適切保育”

といった、児童福祉法や保育所保育指針にそぐわない、ともすれば刑法の犯罪行為に当たるようなご相談を受けることもあります。

ただし、虐待に当たる行為(参照URL:『子ども虐待対応の手引き』)までではなく、いわゆる「不適切保育」が実際の保育の現場で起きていることが多いようです。
《参照URL》:『子ども虐待対応の手引き』(厚生労働省HP/政策について/子ども虐待対応の手引きの改正について(平成19年1月23日雇児発第0123003号厚生労働省雇用均等・児童家庭局総務課長通知))

では「不適切保育」とは具体的にどのようなものなのでしょうか。保育所保育指針等には保育の質について前向きな内容が記載してあるものの、どういう行為が不適切保育に当たるのかということは全く記載がありません。

具体的にどう検討すればよいのでしょうか。厚生労働省子ども家庭局保育課が令和3年4月に出している事務連絡『不適切保育に関する対応についての調査研究(周知)』に記載されている、厚労省外部委託による、『令和2年度子ども・子育て支援推進調査研究事業令和2年度子ども・子育て支援推進調査研究事業報告』 (Cancerscan キャンサースキャン)が参考になります

この事業報告では「不適切保育」について5つの類型を提示しています。
① 子ども一人一人の人格を尊重しない関わり
② 物事を強要するような関わり・脅迫的な言葉がけ
③ 罰を与える・乱暴な関わり
④ 子ども一人一人の育ちや家庭環境への配慮に欠ける関わり
⑤ 差別的な関わり

ただし、事例等があるものの具体的な行為・言動の明確な判断基準はなく、全国保育士会が出しているセルフチェックリストの参考例を提示しているにとどまっています。 

【虐待・不適切保育と内部通報】

一方で専門家である保育者からみて、虐待行為に限りなく近く見過ごすことができない状況に対しては、適時に改善しなければなりません。そのために、しかるべき通報制度を整える必要があります。

児童福祉法は公益通報保護法が適用されますので、適切な公益通報の制度を整え、ガイドラインを参考に社内で内部通報を制度・運用することが大切です。
《参照URL》 『公益通報者保護法と制度の概要』 (消費者庁HP/公益通報者保護法と制度の概要/民間事業者向けガイドライン)

【不適切保育と労働時間管理の関係】

そもそも不適切保育が起きる状況として、前出の事業報告では「認識の問題」「職場環境の問題」と2点の問題をあげています。そして、どちらにも労務管理の問題が深くかかわっています。

“かつて問題ないとされていた言動だったが、現在は不適切な保育にあたる言動”が増えています。そうした言動を洗い出し、それをどのように変えていくのかということを園単位で粘り強く研修→実践→検証を行わなければ、変えることは困難です。(認識の問題)
そのためには、保育から離れたノンコンタクトタイムといわれる時間の確保が必要です。また、多様な子どもや保護者に丁寧に向き合い、保育の質を高めるためにも余裕のある時間が必要です。(職場環境の問題)

しかし、保育の現場においては、保育従事者数をギリギリで回したり、シフトの組み方がタイトであったりして時間確保が難しくなっています。

また、更に追加すれば、休憩や休日がしっかり確保できず、行事や上司、保護者等のプレッシャーから持ち帰りを含む残業が多かったり、その残業に対して適切な管理ができておらず割増賃金が支払われていなかったりする場合、保育者は慢性的に疲労し、モチベーションが低下して、その言動に余裕がなくなり不適切保育につながりやすい状況となるのが容易に想像できます。

こうした状況を放置したまま、ノンコンタクトタイムが取れないからと休日等を返上して研修を強制したりすると、保育者の離職につながり、ますますの人材不足となります。

また、職場環境の改善のないままに、個別の保育士の言動のみを非難した場合、対象者からかえって未払いの残業代(休憩が取れなかった分も残業時間と扱われます)の請求(現時点では最長2年、今後最長3年予定)をされるなど、不適切保育の問題が解消されないどころか、園経営に大きな打撃を与える可能性もあります。

つまり、不適切保育の解消のためには、適切な労務管理が欠かせないのです。

そして、適切で余裕のある労働時間管理のためには、たとえば以下のような抜本的な改革が必要になってくる可能性は高いです。 ・手間暇のかかりすぎる方法による保育内容の見直し(ときには、保護者の反発も考えられます)/
・休憩や休日確保のための余裕ある保育従事者配置(人件費コストがかかります)
・客観的な方法による労働時間管理(保育ICTや勤怠システムの導入。導入コストだけでなく、運用コストもかかる可能性があります。また残業抑制のためのマネジメントも欠かせません)

一朝一夕ではできない内容も多い為、少しずつ計画を立てて進めていくのがよいと考えます。

【不適切保育とハラスメントの関係】

前出の事業報告には記載がありませんでしたが、私たちに多く来る労働相談である「ハラスメント」問題が不適切保育に関係している場合もある、ということをお伝えします。

たとえば、役職者が子どもに対し、明らかに子どもの人権を侵害するような言動を行い、不適切保育と見受けられる状況があっても、他の保育者から経営層に声が上がってこない場合には、そうした役職者から一般職(または特定個人)に対するパワーハラスメントがあることも少なくありません。

また、管理職が一般職に対しハラスメントに当たる言動を行っていた場合、ハラスメントを受けた職員が気持ちのやり場がなくなって、それが悪い方向に行くと弱い子どもに対する不適切保育に結び付く、といった負の連鎖が起きていることも考えられます。

ハラスメントについては厚労省の委託HP『あかるい職場応援団 -職場のハラスメント(パワハラ、セクハラ、マタハラ)の予防・解決に向けたポータルサイト-』 に詳細記載があります。

たとえばパワーハラスメントの場合、不適切保育と異なり、6類型が法律(労働施策総合推進法)で定義されています。
①身体的な攻撃
②精神的な攻撃
③人間関係からの切り離し
④過大な要求
⑤過小な要求
⑥個の侵害

《参照URL》『ハラスメントパンフ』(厚生労働省HP:職場におけるハラスメントの防止のために(セクシュアルハラスメント/妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメント/パワーハラスメント))

こうした行為は、園の経営者層が不在の時、本部スタッフ等の園外メンバーと保育園に物理的に距離がある場合に起こりがちです。(言動によっては園の経営者層自体がパワーハラスメントととられますので注意が必要です。)

それではどのような解決方法があるかというと、少なくとも法律では2022年4月以降、中小企業でも相談窓口設置等、「パワーハラスメント防止のために講ずべき措置」を義務化していますので、その手段を参考に自園で制度設定および運用を行ってください。
《参照URL》リーフレット(簡略版)『職場におけるハラスメント防止対策が強化されました!』(厚生労働省HP:パワーハラスメント対策が事業主の義務となりました! ~セクシュアルハラスメント等の防止対策も強化されました~) それが、ハラスメントの抑止力につながる可能性は高いです。

ただし、措置だけでなく前提として会社の適切な労務管理の土台がないと、なかなかうまく機能しないのも実情です。

【まとめ】

今回は不適切保育が起きる状況について、労務管理という観点およびハラスメントと言う観点からお伝えいたしました。

その他にも、「園と保育者との間で、賃金・保育の内容等で認識の違いがあり、採用時や契約更新時、個人面談等のタイミングでうまく擦り合わせができていない」「保育者自身がプライベートの事情や資質から、不安や不満を抱えていて余裕がない」等、重層的な問題が裏に隠れている場合も多く、課題の解決にはエネルギーと時間が必要な場合も多いです。

しかし、保育の目的である「保育の質の向上」には、こうした問題の解決は欠かせません。

私たちは社会保険労務士という労務の専門家であり、また多くの保育園様の改革に携わらせていただいております。ひとつひとつ粘り強く、継続的に行動していくにあたり、経営者の改革に伴走も可能ですので、お気軽にお問合せ下さい。

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