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保育園の働き方改革ってなんだろう?必要なものは?

私たち保育イノベーションを運営する、社会保険労務士法人ワークイノベーションでは、数年前から多くの保育園・認定こども園様の人事制度改革のご支援をしています。コロナ禍の影響もあってweb会議が主流となり、近年は全国各地の多様な保育園様とかかわりを持たせていただく機会が圧倒的に増えました。同時に「保育園の働き方改革」に対する、率直なご意見を聞く機会も増しています。

もちろん保育園経営者様のほとんどは、休憩をしっかりとらなければならない・36協定を守らなければならない・残業代等をしっかり支払わなければならない・持ち帰り残業はNG・タイムカード打刻が必須・パート職員にも有給休暇が必要、といった法的かつ監査的な内容は十分認知されています。だからこそ、そうした労務課題に対してもご依頼いただき、私たちは運用まで考えた保育ICTの導入、給与計算等の応援までお手伝いしています。

 しかし、「保育現場で休憩は取りにくい。園児はどうするの?」「残業しないでということを強調することで、”良い保育“が提供できないのではないか?」「人材育成につながらないのではないか?」「保育の福祉的な面がダメになってしまわないのか?」「タイムカードの打刻と実際の労働時間は違うのだから、タイムカードの導入は本当に必要なの?」といったご意見も伺います。つまり、「保育園の働き方改革」は形式的には必要だが、前向きに行いたい改革ではないということです。

 「保育園の働き方改革」とは一体なんなのでしょう?何のために行うのでしょう?私たちは保育者の質の向上が期待でき、ひいては保育の質の向上につながると考えています。とはいえ、私たちは保育労務の専門家ではありますが、保育そのものの専門家や実務の主体ではありません。そこで、今回は長年保育業界に身を置き、数年前にすでに自ら「保育園の働き方改革」を成し遂げたご経験を持ち、現在は、企業主導型保育「きたのこぐま保育園」の園長であり、養成校でも講師をしている井川美幸先生に、実務面での成果等をお伺いいたしました。

 

保育園の働き方改革が保育者および保育の質の向上につながる経験

「実は、残業があっても休憩が取れなくても、それがすべて労働時間に換算されて賃金に反映されるなら、もしくは忙しいけれど地域標準より賃金が高いのだったらそのほうがいい、という保育者も少なからずいます。ですので、忙しくても報酬の高い保育園にはそれなりに保育者が集まります。ただし、忙しい環境で淘汰されて、残った保育者というのは“頑張れる人”だけになります。」とのご意見。離職率は高いかもしれませんが、残った方々は馬力もある保育者なので、それはそれでよいのでは?とも思えます。

しかし、続けて「こうした状況が続くと、やはり保育者も人間ですので心身が疲れてきます。すると、子ども一人一人に丁寧に接することが難しくなってしまわないでしょうか。それでも管理的な保育であれば問題ないかもしれません。でも子ども主体の保育を推奨する保育所保育指針とは相いれなくなってきます。」とのこと。

具体的な経験を教えていただきました。少し成長がゆっくりだったり、普通より支援が多く必要だったりする子どもたちのサポートについてです。「支援が必要な子どもでも“大事にされている”実感を本人が持てれば、見違えるほど成長するんです。もちろん、そうした子に対して担任ではなくパート職員がサポートに入るというケアで対応は可能だけど、子どもにとって“正職員とパート職員なんて区別はない。みんな先生”だからすべての保育者がその子どもを大事にする必要があるんです。ところが、いくら保育のレベルが高くても忙しく疲れていては丁寧な支援はできないし、待ってあげる精神的時間的余裕もないのです」と。また、施設長等、管理者の立場からすれば「忙しく疲れている保育者に、もっと子ども一人一人を大切にしましょう!主体的保育をしましょう!というのは酷すぎる」と教えていただきました。

であれば、忙しすぎる保育者のゆとりを取り戻すために“1日のリフレッシュのための休憩”・“適度な有給休暇の取得”は単に法律を守ること以上に、保育者の質の向上のために必要不可欠といえます。またタイムカードを用いることで適正な労働時間を管理し、不必要な残業を抑制することも恒常的な疲れを残さない工夫といえます。その過程では、残業が当たり前の今の保育業務の見直しをすることにもなるでしょう。そうした基礎的土台を作って初めて、保育者にゆとりができ主体的保育へと舵を切れるのだと思います。

 

保育園の働き方改革を推進するためには何が必要か?

 こうした働き方改革を阻害する要因は何かと質問した時に、先生は端的に「忙しい=頑張り」と評価する風土、だとおっしゃいました。逆に、推進するために必要なものは「園長をはじめとするトップダウンの改革意識」であるとも。

 たとえば、休憩をしっかりとるためには、スペースだけでなく、交代要員が必要となります。また、0~2歳の乳児だけでなく、3歳~5歳の幼児についても複数担任制をとったり、保育経験豊富なフリーの先生がいたりすれば、担任も有給休暇を取得しやすくなります。かつて園長をしていた先生の所属園では「年20日有給休暇付与の保育者でも100%近くの取得率」だったそうです。

 しかし、その実現には人件費等のプラスαのコストがかかります。また、新たな体制となったときに有給休暇の取得促進や休憩を促す息の長い取り組みも必要となってきます。そうした点からもトップダウンの改革が大切なのでしょう。

なお、井川先生が現在所属する「きたのこぐま保育園」は医療法人社団一志会 豊川小児科内科医院が運営しています。「病院でも園でも病児保育も行い、地域の小児医療・保育に力を入れている豊川医師の“本気で子育てを支えたい!”という土台があるので、私達保育者が前にどんどん進めるのです。これがないと、こんなに自由にできないですものね。」と、トップダウンの力は大きいとの実感がこもっていました。

 

保育園の働き方改革のその先にあるもの

 現在、上記のような働き方改革を進め完全に運用されている先生ですが、課題もあるといいます。十分にゆとりある保育環境でかつ、小規模園にしか勤務経験がない若手の保育者の中には人に揉まれる経験の少なさもあって「保育に対して受動的で、自己研鑽の意欲がみえにくい」方が増えている実感があるそうです。

 しかし、ここについてもしっかりと対策をとっていらっしゃいます。法人が提供する保育研修の受講、キャリアアップ研修の受講促進だけでなく、園児一人一人のことを考えることができるような機会の提供(たとえば、園児一人一人にあう絵本をセレクトする等)を行っているとのこと。

 まだまだ、業務や人材育成に改善の余地があるとのことでしたが、それもゆとりがあるからこそ実行できる取り組みかもしれません。

 

最後に

 今回、井川美幸先生のお話は、社労士の私と、キャリアコンサルタントの石川でお伺いし、その後2人でディスカッションいたしました。私たちは表面的な保育労務の促進だけでなく、保育の質までイメージした働き方改革を実行すべきであるし、今後の課題というところでは、キャリアパス・評価制度の作成運営ご支援を通じて、人材育成に寄与できるのではないかとの結論に至りました。

 また、すでに我が子たちが幼児期を過ぎてしまっている2人でありますが、保護者目線に立つと、こうしたことを何も知らなかったことが残念です。(保育園や幼稚園選びでは、いかに保護者が楽をできるか、いかに素晴らしい幼児サービスを提供してもらえるかが選択の中心であり、主体的保育の情報が保護者に届いていないことについて、改善の余地があると実感しました。)

 今回のヒアリングを通じて、改めて保育労務がいかに大切であるかを実感させていただきました。また自信をもってこれからも「保育園の働き方改革」をご支援させていただければと考えております。すこしでも、必要と感じられたら私たち保育イノベーションにご相談いただけますと幸いです。

 

社会保険労務士

糠谷 栄子

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